第1場 規格外のシラブルを巡る騒動

日本語の音符とシラブルの対応の違い(一音符一シラブルと一音符多シラブルの比較図 楽語

人類じんるいの歴史れきしは、規範きはんと表現ひょうげんの間あいだに存在そんざいする緊張きんちょうの歴史れきしである。

すべてを律りっする厳格げんかくな法則ほうそくを求もとめる理性りせいと、その枠わくを超こえ、あふれ出でようとする感情かんじょう。音楽おんがくもまた例外れいがいではない。

調和ちょうわを保たもつための古いにしえの規律きりつは、一ひとつの音おとに、一ひとつの言葉ことばしか許ゆるさなかった。

ところが、昨今さっこんの流行歌りゅうこうかときたらどうだろう!歌詞かしは「愛あいだの恋こいだの!」「夢ゆめを追おえだの!」オレが若わかい頃ころはもっと分別ふんべつが――あっ(はい、大丈夫だいじょうぶです。僕ぼくまだやれます。はい。すみません。はい。)

(こほん)

その秩序ちつじょを乱みだす規格外きかくがいのごとき、己おのれの心こころをぎゅうぎゅうに詰つめ込こんだ歌うたが巷ちまたにあふれているという。

これより語かたられるのは、その美うつくしき対立たいりつの末すえに生うまれた、ある八百屋やおやの旦那だんなによる、声高こわだかな、少々しょうしょうやかましい訴うったえなのである。

知恵ちえの樹きの実み

長屋ながやの縁側えんがわ、白髪しらがのご隠居ごいんきょがのんびりと煙管きせるを吹ふかしている。その傍かたわらには、おじいちゃん子こで可愛かわいらしい孫娘まごむすめ・詩乃しのが、おじいちゃんにもらった林檎りんごをしゃりしゃりと齧かじりながら、ご隠居いんきょの袖そでを握にぎるようにちょこんと座すわっていた。

そこへ、八百屋やおやの旦那だんな、和平わへいが、顔かおを真まっ赤かにして飛とび込こんできた。

「ご隠居いんきょ!いやあ、ちっとばかし厄介やっかいな『規格外きかくがい』品ひんに悩なやまされておりまして、ちょっと知恵ちえを拝借はいしゃくしたくて参まいりました!」

「おやおや、八百屋やおやの旦那だんなかい。相変あいかわらず声こえが大おおきいのぅ。詩乃しのがびっくりするじゃろ。ほら、詩乃しの、旦那だんなにご挨拶あいさつじゃ。」

ご隠居いんきょはゆっくりと煙管きせるを叩たたき、詩乃しのに優やさしく微笑ほほえむ。

「ったく、最近さいきんのモンは、どうにも『潔いさぎよさ』ってモンがない!『見みかけの大おおきさ』に対たいして、『正味しょうみの重おもさ』がまるっきり伴ともなっちゃいねえ!まるでカサ増ましだ!」

「おやおや、それはお気きの毒どくに。悪意あくいのある規格外きかくがい品ひんを掴つかまされるのは、商売人しょうばいにんとして一番いちばん腹はらが立たつじゃろう。して、それはどんな野菜やさいを掴つかまされたんじゃ?形かたちが悪わるいのか、中なかが『す』でも入はいっていたのかの?」

「え?ご隠居いんきょ、何なにを言いってるんですか。野菜やさいではござんせんよ!そりゃあ、あのスカスカキャベツの件けんは腹立はらだたしいですが、今いまはそれとは別べつの話はなしです!」

「なんじゃ紛まぎらわしいのう。なら、いったいどうしたんじゃ?」

旦那だんなは、持もっていた派手はでな表紙ひょうしの冊子さっしを、ご隠居いんきょの前まえにバン!と広ひろげる。

「実じつはこれ、最近さいきん歌うたのけいこを初はじめましてね、その歌本うたぼんなんですがね、問題もんだいはここなんです!見みてください、この音符おんぷ!一ひとつの玉たまに『シラブル』が三みっつも四よっつもぎゅうぎゅうに詰つめ込こまれてるんですよ!」

ご隠居いんきょは歌本うたぼんに手てを伸のばし、詩乃しのは林檎りんごに手てを伸のばした。

「一ひとつの音おとに、四よつも文字もじを乗のせるなんて、どう考かんがえてもおかしいでしょう!ご隠居いんきょ、これですよ、これは!見みた目めは立派りっぱな林檎りんごなのに、割わってみたら中身なかみがほとんど種たねで、食たべる果肉かにくが雀すずめの涙なみだってのと同おなじですよ!こんな『不良品ふりょうひんの実み』を掴つかまされたら、お客きゃくさんは二度にどと来きませんよ!」

ご隠居いんきょは旦那だんなに目めを移うつす。詩乃しのは次つぎの林檎りんごに目めを移うつす。

「『一音符いちおんぷに一ひとシラブル!』これが音符おんぷの規格きかくってもんでしょうが!こんな水増みずましみたいな楽譜がくふで、どうやって『新鮮しんせんな歌声うたごえ』を出だせって言いうんだ!まるで傷いたんだ大根だいこんを、葉はっぱで隠かくして売うってるようなセコい手口てぐちだ!これじゃあ、鮮度せんどゼロですよ、ご隠居いんきょ!」

林檎りんごを口くちいっぱいに頬張ほおばっていた詩乃しのは、旦那だんなの大おおきな声こえと「実み」という言葉ことばに目めを輝かがやかせて、ご隠居いんきょを見上みあげる。

「え?え?おじいちゃん、シラブルってなんです?リンゴりんごの新あたらしい種類しゅるいです?そのぎゅうぎゅうの種たねがいっぱい入はいった実み、おいしいのです?」

ご隠居いんきょは詩乃しのの頭あたまを優やさしく撫なでながら、ふふふと笑わらった。

「おやおや、詩乃しのはお利口りこうさんじゃな。シラブルというのは“音節おんせつ”のことじゃよ。 たとえば『た・べ・る』なら三さんシラブルになる。 そして、詩乃しのが食たべているこの林檎りんごを“音符おんぷという実み”だとしよう。その中なかに入はいるシラブルは“種たね”。 つまり── 音符おんぷひとつ=実みひとつ、シラブルひとつ=種たねひとつ。 これがわしが若わかい頃ころからの、昔むかしからの掟おきてなんじゃ。」

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図:日本語の音符とシラブルの対応の違い(左:一音符一シラブル、右:一音符多シラブル)

「じゃあ、じゃあ、音符おんぷの実みには、種たねが一個いっこしか入はいっちゃいけないのです!食たべられるところが少すくなくなるのはダメなのです!」

「そうそう!なのに最近さいきんの歌本うたぼんじゃ、三みっつ四よっつとぎゅうぎゅうに詰つめ込こんでやがる!」

詩乃しのは林檎りんごの芯しんを悲かなしそうに持もちながら純粋じゅんすいに尋たずねる。

「おじいちゃん、どうして実みに種たねは一個いっこだけって決きまりなのです?二ふたつ三みっつ入はいってたらダメなのです?種たねも食たべれば良よいのです!」

ご隠居いんきょは、良よい問といかけだと言いわんばかりに目めを細ほそめた。

「詩乃しのは本当ほんとうに良いいところに気きづいた。 もともと西洋せいよう音楽おんがくは、教会きょうかいで歌うたうグレゴリオ聖歌せいかから始はじまっておってな。言葉ことばと音おとをきっちりそろえることが大事だいじだったんじゃ。 さらに時代じだいが進すすんで、多声たせい音楽おんがく──つまり何人なんにんもで声こえを重かさねる音楽おんがくが盛さかんになると、ますますルールが要いった。 もし一ひとつの音符おんぷに三みっつも四よっつもシラブルを入いれたら、誰だれがどこで声こえを合あわせるのか、わしのような年寄としよりには分わからなくなる。 だから『一実一種いちみいっしゅ』は“合唱がっしょうやアンサンブルで混乱こんらんしないための知恵ちえ”だったんじゃよ。」

「なるほど!大勢おおぜいのお客きゃくさんが同時どうじに同おなじ果物くだものを買かうようなもんですな!」

「大混乱だいこんらんなのです!」

「規格きかくを『一実一種いちみいっしゅ』でピシッと揃そろえときゃ、誰だれが誰だれに売うっても『この品しなの鮮度せんどは間違まちがいない』って責任せきにんが明確めいかくになる。これなら、量はかり売うりで揉もめる心配しんぱいもなく、客きゃくも迷まよわねぇ!」

「スムーズに食たべられるのです!」

「え~、つまり……昔むかしのコーラスでシラブルをそろえることで、大勢おおぜいが同時どうじに混乱こんらんしないようにしたってわけで。要するに──責任せきにんの所在しょざいと取引とりひきの効率こうりつを最優先さいゆうせんしたってわけですな!ご隠居いんきょ、これぞ昔むかしながらの信頼しんらいの商売しょうばいってやつですな!」

「だから、だから、みんなで歌うたうときには、種たねは一ひとつって決きまりにしてたのです!」

「その通とおりじゃ。つまり『一実一種いちみいっしゅ』は、音楽おんがくを主役しゅやくにした時代じだいの掟おきてだったんじゃよ。」

「でも、でも、今いまの歌うたって歌うたう人ひとはひとりのことが多おおいのです? ならちょっとぐらい種たねがぎゅうぎゅうでも、誰だれかとずれる心配しんぱいはないのです?」

ご隠居いんきょは深ふかく頷うなずく。

「まさしくその通とおりじゃ。詩乃しのは賢かしこいのう。ポップスやシンガーソングライターの歌うたは、歌うたい手てひとりが主役しゅやくになることが多おおい。 シンガーソングライターが弾ひき語がたりで歌うたうような場面ばめんでは、歌詞かしに合あわせてテンポを揺ゆらすこともよくあるじゃろう? だから多少たしょうぎゅうぎゅうにシラブルを詰つめ込こんでも、歌うたい手てが自分じぶんでコントロールできる。 これは“詩しを主役しゅやくにする発想はっそう”があって初はじめて許ゆるされる自由じゆうなんじゃよ。」

「へぇ〜!昔むかしの掟おきては“みんなでそろえるため”。 今いまの歌うたは“一人ひとりの表現ひょうげん”だからこそ、ぎゅうぎゅうの実みもアリってわけだ!ご隠居いんきょは物知ものしりで!」

「じゃあ、じゃあ、シラブルをいっぱい詰つめ込こむのは、詩しの勢いきおいをそのまま楽譜がくふにしたものなのです!」

「そういうことじゃ。作曲家さっきょくかは農家のうか、歌うたい手てはベテラン八百屋やおや。
『この実みには種たねがぎっしりだが、お前まえなら上じょうずにさばける』と信しんじて渡わたしておるんじゃ。」

「こりゃまさに目めからウロコで!」

詩乃しのは首くびをかしげる。

「……えっ?えっ!?魚屋さかなやさんになっちゃうのです!?八百屋やおやさんはどうするのです!?林檎りんごはどこで買えばよいのです!?」

「ははは、詩乃しのや、それは言葉ことばのあやじゃ。わしの大事だいじな孫まごは、面白おもしろいことを言いうのう……まあ旦那だんなは魚屋さかなやより八百屋やおやのままが似合にあっとるがな。」

「へへっ、一本いっぽん取とられましたねぇ!」

旦那だんなは得意顔とくいがおに続つづける。

「いやぁ、この歳としになっても、新あたらしい知恵ちえを学まなぶのは実じつに面白おもしろいもんで!」

ご隠居いんきょはやれやれと、小ちいさく息いきを吐ついた。

「うむ、しかし旦那だんな、そのわざとらしい演技えんぎはまるで大根役者だいこんやくしゃじゃな。八百屋やおやの旦那だんななんだから、もう少すこし大根だいこんに心こころ入いれてくれんか。」

旦那だんなは顔かおを赤あからめながら、「へへっ、一本いっぽん取とられましたねぇ!」と続つづけた。

ご隠居いんきょは頷うなずいて、「もちろん合唱がっしょうやオーケストラに渡わたすなら、掟通おきてどおり『一実一種いちみいっしゅ』で書かくのが筋すじじゃ。 だが歌うたものに関かんしては、ぎゅうぎゅうに詰つまった実みも立派りっぱな知恵ちえの樹きの実み。間違まちがいでも手抜てぬきでもなく──詩人しじんの叫さけびであり、歌うたい手てへの信頼しんらいの証あかしなんじゃよ。」

「いやぁ、ご隠居いんきょに詩乃しのちゃん、ありがとさん!返品へんぴんモノだと思おもった実みが、立派りっぱな宝物たからものに見みえてきやした!」

詩乃しのは、ぱちんと目めを輝かがやかせると、林檎りんごの芯しんから手てを離はなし、旦那だんなを見みた。

林檎りんごと旦那だんなを何度なんども交互こうごに見比みくらべたあと、ちょこちょこと旦那だんなの前まえに歩あゆみ寄より、その袖そでをぎゅっと握にぎると、詩乃しのの目めには、新あたらしい林檎りんごが写うつった。

「じゃあ、じゃあ、今度こんど来くるときは“気持きもちぎゅうぎゅう”に詰つまった実みを持もってくるのです!」

湖口浩朗(こぐちひろあき)

Seegmund Music Labo 代表 / 洗足学園音楽大学 非常勤講師

音楽理論家・教育家。作曲を専門とし、洗足学園音楽大学作曲コースを首席で卒業。在学中、鈴木純明、古曽志洋子の各氏に師事。現在、母校の非常勤講師として後進の指導にあたる。
サイト外で個人レッスン受付中。詳しくはプロフィールページで。

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